あなたを

どんなキスをするんだろうと思った。
からかいついでに今まで付き合ってた彼女をすれ違いざまに透視してみたりした。
怒りや驚きのその奥にほんわりあたたかい記憶とともにある彼の様子に、自分の知っているものと違う彼を感じた。
そう、単にそれに興味を持っただけ。

どんなささやきを?
どんなまなざしで?
どんなキスを?




ばしーんといい音が廊下に響いた。
また賢木かとあちこちからささやきが聞こえる。
見ると頬に赤い手の後をつけた賢木がとぼとぼ歩いてきた。
「またフラれたんですか?センセイ。」
「…聞いてくれ。紫穂ちゃん。」
ずっしりと重い空気を漂わせて賢木が語りだした。
「まただよ!また蕾見管理官にキスされたんだよ!!!ああ、もう、慰めてもらおうと思ったのに誰も俺のこの乾いた心に潤いを与えてくれないんだ!!!」
賢木は半泣きになりながら「バーカ」と書かれたメールの本文を見せてきた。
「はあ…それでダブル・フェイスの二人に襲いかかったのね。」
「襲いかかったなんて人聞きの悪いこと言うなあ!俺はただ…。」
「もう、いいじゃないですか?キスくらい。いっぱいしてきてるんでしょ。」
「いっぱいしてこようがされようがこのショックは消えないんだよ!」
紫穂ははあと溜息をついた。何度この話を聞いただろう。皆本はケロっとしているのにこの男はいつまでもぐだぐだと…。よほどロマンチストなのか、キスに特別な思いでもあるのか。

「じゃあ、センセイ、私がしてあげましょうか?」
「はあ?」
言ってる意味がわからないとばかりに賢木が間抜けな声を出す。
紫穂はぐいと賢木を近くにあった部屋へと連れ込んだ。
「おいおい、なんの冗談。」
「ほら。こんなにかわいい子がキスしてあげるって言ってるのよ。」
ちょんちょんと自分の唇を叩く。
先ほどリップを塗ったばかりだし、最近手入れもしていてぷるぷるのはずだ。
賢木はぽりぽりと頭をかいた。先ほどまでの取り乱した様子もなく、紫穂の申し出に考え込んでるようだ。
「なんか企んでんのか?」
「何も?してみたいだけ。…って言ったら怒る?」
ませガキが。とつぶやかれたがその口はどこか楽しそうだ。
「さーてどうしようかな。したらしたで皆本や局長に殺されそうだしなー。」
「黙ってればわかんないわよ。」
煮え切らない態度に紫穂はぷうと頬を膨らませた。
「まあまあ焦るなって。俺じゃなくて好きな人のためにとっときな。」
「何言ってるの。たかがキスじゃない。」
「たかがねえ…。そんなこと言ってると…」
ぐるりと紫穂の体が反転し、壁に背が着いたと同時に顔の横に賢木の手が置かれた。
「いけない大人にこんなことされちゃうよ?」
賢木はにやりと、まるで紫穂を牽制するように笑った。
「まだ何もされてないわ。」
どきりとした自分を悟られないように冷静さを装い紫穂は言った。
「いいのかな?」
ずいと顔を近づけてくる賢木はいままで見たことない「男」の顔をしていて、紫穂はそれに目を奪われた。
すっと目線が紫穂の唇に落とされ、さらに賢木は顔を近づけてきた。
キス、される。
紫穂はゆっくりと近づいてくる賢木にそんな予感を感じながら、瞳をいつ閉じたらいいのだろうとやけに冷静に考えていた。
鼻先が触れるか触れないかの距離で賢木の目が細められた。
それを見て紫穂は瞳を閉じた。

ちゅ…と濡れた音


が、頬から聞こえ紫穂ははっと目を開けた。
「センセイ?」
「はあ、紫穂ちゃんのほっぺはぷくぷくでいいねえ。よしもう一回!」
そういうと賢木はがばと紫穂に抱きつき派手な音を立てながら紫穂の頬に額にキスをした。
「ちょ…!いやーーー!気持ち悪い!センセイやめてー!」
なんとか力づくで賢木をはがし、顔洗ってくる!と言い残し部屋から駈け出して行った。

残された賢木は大きなため息をつき、
「反則…だろ…。」
とぐったりした様子でその場に座り込んだ。

紫穂は洗面所でな何度も顔を洗い、それでもまだ残る賢木の唇の感触をたどるようそっと頬に指を滑らせた。
「してもよかったのに。」
キスまでの賢木は慣れた様子で今まで見たことない顔を見せた。
ああやって女性を口説くのだろうか。
熱い目で、蕩けそうな声色で、やさしい腕で。
「見てみたいな。もっと。」
誰にも聞こえないようそっと囁いた。