グランドラインの空はどこか他の海と違う気がする。
風通しのいい見張り台に一人でいるとよけいな事ばかり考える。
この空を数多の海賊達が見上げているはずだ。
宝を夢描く者
死を見つめている者
理想と現実のギャップに嘆く者
私は何を考えているのだろう。
この空に、海に、そしてあの者たちに・・・
「ロビンちゃん。お疲れさま。お茶持ってきたよ。」
ふと下を見ると優し気なコックさんがこちらに手を振っていた。
にこりと笑いかけると器用にグラスをおいたトレイのバランスを取りながら縄梯子を上がってくる。
「どうです?何か見えました?」
よっと最後の梯子を上がって、見張り台へと身を乗り出す。
「いいえ、何も。ありがとう。」
そう言って端に身を寄せるとサンジ君は私の隣に座った。
一応二人分の広さはあるが、やはり手狭だ。肩と肩が触れあい、じっとりとした熱を持ってくる。
「はい。冷めないうちに。」
湯気の立つグラスを手渡され、それに口をつける。
「・・・熱!」
少し飲んだところで余りの熱さに顔をしかめた。
「ああ、大丈夫ですか?・・・もしかして猫舌?」
くすくすと笑う顔に、ちょっと子供扱いされた気がした。
「・・・少しね。・・・お酒入り?」
「ええ、ロシアンティーって言うんですよ。あったまりますよ。」
「見張りにお酒飲ませて、どうしようって言うのかしら?」
「さあ?」
大袈裟に肩を竦ませて取り留めのない返事を返してきた。
「・・・美味しい。あったまるわ。」
「でしょ?」
紅茶とコックさんを交互にみると湯気と月明かりのせいかいつもよりすごく優しい表情をしているように見えた。
「・・・そんなに見ないで。」
なんだか照れくさくなって目を背ける。
「なんで?綺麗だから見ていたい。」
「お上手。」
ふうと湯気を飛ばして熱い紅茶を口に含む。
かすかに甘酸っぱい味がしてのどからじわりと熱が広がる。
頬に感じる視線と触れている肩のせいか余計熱が上がりそうだ。
「そろそろ戻らないの?明日も早いんでしょ?」
「・・・別に何時に寝たって起きれるし・・・それよりもここにいたい。」
なんだかすがりつくような顔をされてはたと思い当たった。
ああ、そうか。私がここにいるから今あの二人は・・・。
「悪い事聞いちゃった?」
「・・・別に。」
ふっと視線がはずれて手に持っていたトレイの端をこつこつとたたいている姿に、思わず笑いが込み上げる。
「何?」
ちょっと不機嫌そうな顔をして顔をあげた。先ほどまでの余裕の表情はどこへやら、まるで拗ねている子供のようだ。
「可愛いなと思って。」
一口紅茶を飲む。大分温度もちょうど良くなって、ふた口、み口と口に運ぶ。
「子供扱い?」
トーンの落ちた声が耳に落ちる。
ふと見るとやけに熱っぽい目をしてこちらを見ていた。
あらあら、挑発してしまったかしら?
「そう思う?」
唇をぺろりと舐めて彼からのキスを待つ。
「余裕だね。」
つ・・と、唇が触れた。
背中をぞわりと何かが走って、追うように唇を押し付けた。
「紅茶味。」
彼のくすりとした笑いにふと我に帰る。
余裕のないのは私の方かも知れない。
「あなたは煙草の味。」
舌を差し入れてその味を確認する。
煙草は吸わないけどその味はしっている。くゆる煙りとは違った香り。
「ごちそうさま。」
唇を離して、最後にちゅっと鳴らしてみる。
「どういたしまして。」
向き合ってた身体を離して、また寄り添うように座りなおした。
「・・・どうしたの?」
サンジ君の問いに一瞬身体が止まった。
「・・・何が?」
「なんとなく。」
その言葉に見透かされたような何かを感じて、暗い海へ視線を落とした。
「明日…もう今日ね。私の誕生日なの。」
「なんで言わないの?そしたら街に寄ったりできたのに・・・。」
「忘れてたの。というか無理に忘れてたのね。皆からパーティの話を聞いててなんだかね。」
皆で飲んで、食べて、歌って、右も左も分からないくらい楽しいパーティ。
そんな経験、私にはない。
昔から誕生日はただの区切り。特に感激する事でも嬉しい事でもないとずっと考えていた。
「船長さんはわからないけど突然船に乗り込んできた私にそんな事してくれるわけないって思ってたし。」
「そんな訳ないじゃん。ロビンちゃんはもう仲間さ。」
「ありがとう。でも今回は本当にいいの。来年…そうね。もし次があるなら祝ってもらうわ。」
あるのかないのか分からない。でも、今は怖い。自分の居場所がないって事を思い知らされそうで・・・。
「・・・そうなら無理にとは言わないけど・・・聞いちゃったしなー。」
はあ、と大きなため息をついて、がっくりと頭を落とす姿に少しだけ残念な気がした。
「・・・それに、もらったし。」
不思議そうな顔をしてサンジ君が頭をあげた。
「紅茶とキス。」
「・・・そんなんでいいの?フルコースは?」
怪しげに光る目に思わず吸い込まれそうになる。
「・・・そうね、せっかくだし・・・もらおうかしら?」
熱くなる身体を理性で押さえてなんとか飛びかかるのだけは避けた。
「腕によりをかけて」
ふわりと煙草とコロンの香りに包まれる。
今日だけは、今だけは、波の音が大きい事を切に願った・・・。
あちこち痛む身体を引きずるようにキッチンへ向かった。
仮眠をとった後で、朝食の時間をかなりすぎていたのでキッチンには後片付けをしているコックさんと薬の調合をしているチョッパーと眠そうな航海士さんしかいなかった。
「ああ、おはよう。よく眠れた?」
ごめんね。と言うようにウィンクをされた。
「ロビン、朝ごはんまだでしょ?食べる?」
航海士さんの隣に座って痛む身体を椅子に預ける。
「いいわ。コーヒーだけもらえるかしら?」
「ちょうどデザートができたんだ。よかったらこれもどうぞ。」
出されたのはイチゴのソースがかかったチーズケーキ。
航海士さんにも同じデザートが出されていたが、私のだけ小さな砂糖菓子の花が乗っていた。
不思議に思って、サンジ君をみると、それに気付いたのかにこりと笑って『ハッピーバースディ』と声に出さずつぶやいてくれた。
小さな砂糖菓子はほんのりとピンク色をしていた。
それを口に入れると甘い味と何か別の物がじんわりと胸に広がっていくような気がした。
そう、こういう事なんだ。
砂糖菓子を口に入れたまま、サンジ君に指でキスを飛ばした。
初めて誕生日というものが嬉しいものだと知った日の最初のキスをあなたに。