その時は無我夢中でほとんど覚えていない。
何度も何度もくちづけし、細い身体をきつく抱き締めた。
腕のなかからこぼれるようにしなる身体を何度も手繰り寄せ、噛み付くようにそこに赤い跡を残した。
頭の中をかすめる残像を振払うようにその行為に没頭していた。
一瞬、頭の中が真っ白になり、荒い息とともに汗ばむ身体が重なる。
そして俺は我に帰り、愕然とした。
慌てて身を起こすとそこには黒髪を汗ばむ額に張り付け、豊かな胸を上下させ、荒い息を吐くニコ・ロビンの姿。
「・・・すみません。」
ソファに浅く腰掛け、裸のお姉様に背を向け、呟いた。
最低だ。
俺は自己嫌悪に陥った。
抱いてる間も頭にあるのはナミさんの事ばかり。なんて失礼な、なんて最低な。
罵詈雑言をぶつけられてもしょうがない。俺はなんて事を。
後ろでシーツの擦れる音がして、お姉様がこちらを向いた。
「何を謝るの?私はかまわないわ。」
その言葉に非難の意味は一つもなく、それがかえって俺の心を突いた。
「すみません。・・・何回謝っても許してもらえないかもしれませんけど・・・。」
「あやまってばかり。ねえ、喉が乾いたわ。」
その言葉に慌てて立ち上がり、グラスに水を注いで持って行く。
それを差し出すとお姉様はついと手を伸ばし俺の唇をその細い指でなぞった。
「・・・飲ませて。」
その言葉に一瞬戸惑ったが、俺は水を口に含むとゆっくりお姉様の唇に触れた。
冷たい水がゆっくりと注ぎ込まれる。ごくりと喉が鳴り、俺の口内の水分を取ろうとするかのように冷たい感触が入ってくる。
お互いの舌が同じ熱さになるまでその感触に酔いしれた。
軽く濡れた音を立てて唇が離れる。
「・・・どうして・・・?」
逃げようと思えば逃げれたはず。あなた程の能力の持ち主なら俺を殺す事も容易いはず。
その問いにお姉様はいつものように笑みを浮かべる。
「あなたはどうして?」
言葉につまる。ナミさんを忘れたくて、なんて言ったらあまりにもこの人に失礼だ。
「忘れられた?」
頬をなぞる手の感触。俺は目頭が熱くなるのを感じ、お姉様の豊かな胸の中に顔を埋めた。
「すみません・・・もう少し・・・甘えさせて下さい。」
そういうとふっと胸が動いた。顔を見なくても分かる。彼女は微笑んでいる。
「・・・不器用な人・・・。」
そしてゆっくりと頭に腕が回されるのを感じた。
その行為に愛とか恋とかそうった感情は一つもなかった。
割り切った大人の付き合いとか身体だけとかなんとでも言えるけど、そこにあったのは渇望と慈愛。
ナミさんを一瞬でも忘れたくて、忘れさせてほしくて、俺は彼女に身を委ねる。
彼女もそんな俺に優しく手を差し伸べてくれた。
その優しさに俺は頬を熱いものが伝わるのを感じていた・・・。
次の日の夕方。ルフィがにこやかな顔で戻ってきた。
「聞いてくれよ!すっげーーんだぜ!あんな・・・。」
無邪気にはしゃぐルフィの話に俺たちは聞き惚れた。
しばらくしてナミさんたちも戻ってきた。
無邪気に笑うその姿も愛おしい。いつもの通りナミさんにありったけの愛情を込めて囁く。
そんな俺の様子をみてあの人が微笑む。
まるでそれに背中を押されるような感覚を感じながら俺はまた日常へと戻る。
俺は笑えているでしょう?あなたのおかげです。
そっと唇を撫で、小さく呟いた・・・。