船に戻ったゾロは何ごともなかったようにふるまった。
私の中にあったゾロの感覚は薄れ、数日でなくなってしまった。
あれから私もゾロもあの日の事を口にはしなかった。
私の痛みとともに忘れ去られていくかのように・・。
今日もよく晴れている。
嵐が来る気配は無さそうだ。
空は青々としていて時折鳥の声が聞こえる。
そう言えばあの日も晴れてたな。
目がさめた時は気が動転して考えるどころじゃなかったけど、今なら何となく思い出せる。
あの日は二人で店が潰れる勢いで飲み続けた。
あたしに匹敵する程飲むやつはあいつぐらいしかいない。
こいつは俺の親友の形見さ。
俺はあいつに約束したんだ。強くなるってな。
そういってゾロは笑った。いつも不機嫌な彼がその話になるとすごく優しい顔になる。
知ってた?
私、少しだけ嫉妬していたの。
お前よく飲むなあ。
初めてだぜ。こんなに飲む女は。
褒め言葉として受け取っておくわ。そう言った私は笑っていたと思う。
ゾロはそんな私を見てほっとしたように微笑んだ。
その優しい笑顔にくらくらきたわ。
ねえ、誰にでもそんな顔を見せるの?
私だけって自惚れてもいいのかしら?
ああ、こんなに気持ちよく飲んだのは久しぶりだ。
喉を気持ちよく鳴らしてお酒を飲み干すあなたにみとれたの。
その太い腕でどんな女を抱いてきたのかしら?
その逞しい胸に顔を埋められたらどんなに素敵かしら。
でもそんな事考えてもしょうがないことよね。
だってゾロは仲間だもの。ゾロは仲間にそんな事する男じゃないもの。
ふとみかん畑を見るとゾ見なれた緑の頭が目に飛び込んだ。
キッチンの方からはいい匂いがしてくる。
そうか。そろそろ食事ね。
多分ゾロは寝ているのだろう。起こしに行った方が親切ね。
みかん畑に行き、階段からゾロの上から声をかける。
「ゾロ。何やってんの?」
それには答えず、ぼんやりと空を見ている。
何考えてるのかしら。
「なにぼんやりしてるのよ。」
我にかえったように私を見つめる。
「まったく、少しは働きなさいよね。ぐーすかぐーすか寝て。脳がくさるわよ。」
「なんか用かよ。」
ゾロは寝返りをうって私から目をそらした。
そんなに私の事を見たくないわけ?
「ごはんだから呼びにきたのよ。早くしないと全部食べられちゃうわよ。」
「・・・。」
ゾロはゆっくりと身体を起こした。それを確認してからみかん畑の階段へ向かう。
沈黙にたえきれず私は喋り続ける。
「今日は珍しく魚が釣れたのよ。サンジ君、やっと機嫌がよくなってね。」
たわいもない話をしているつもりだがゾロの気に触ったのか眉間にしわをよせている。
「それでね、ルフィったら・・・きゃ!!」
足下が急にぐらつき、身体が傾いた。
「おい!!」
ゾロは私の腕を掴んで引き寄せ、抱きかかえられる格好になった。
・・・俺も・・・。
頭の中に一瞬ゾロの声が聞こえた気がした。
階段の途中でゾロに抱き締められたまま数秒がたった。
「おい、怪我は?」
「・・・ない。ありがとう・・・。」
気取られないように身体を放す。肩にかすかにゾロの体温が残っている。
「ったく。そんなかかとの高い靴履くからだ。」
「うるさいわね!!何履こうが勝手でしょ!!」
またいつものように喧嘩が始まる。
これで安心でしょ?私達、仲間だもんね。
分かってる。ゾロはあの日の事を忘れたがってる。
でも安心して、ゾロ。私もばかじゃない。仲間を演じてあげる。
あの日の事は私だけ覚えていればいいから・・・。