想う【斎藤→千鶴】

 

 やわりとした耳たぶを口に含むと、鼻に抜ける鉄の香りが脳を焼いた。
 夢中で吸い付き、乾いた喉に流し込む。どんな甘味よりも甘いそれは、酒を飲んだ時よりも酔いを誘う。

 それは羅刹ゆえの本能か、それとも男ゆえの性か。

「……!」

 震える吐息が空気を揺らして頬を微かにくすぐる。まるで天女の羽衣のようにかすめるそれは、確かに情欲の気配を残して遠ざかっていく。口内にある柔らかな弾力のあるものは女の赤い果実を思い起こさせ、淫らな妄想を誘う。腕の中にある細い身体は微かに震え、淡く染まった首筋は思わずかぶりつきたくなるぐらい艶やかで、所在なさげな手が袴をきつくつかんでいる。

ああ、この細い指先で俺の背中に傷をつけてくれたら、この焼け付くような気持ちも少しは収まるのだろうか。

 舌を伝い、喉に落ちる液体も次第にその量を無くし、追いかける事も許さないように傷が塞がり、滑らかな皮膚へと戻って行く。
 次第にうるさいくらいに騒いでいた鼓動も静かになり、この欲にまみれたひと時が終わりを告げる。
 最後にきつく耳たぶを吸い上げ、そっと身体を離す。
「……あ…。」

 吐息めいた声を漏らして、細い指が赤く腫れ上がった耳を確かめるように触れた。すでに傷はないが、赤く染まり、濡れててらてらと光るそこは、確かに俺が彼女を汚したという証。
 ふっと自嘲めいた息を吐き、彼女に礼を述べる。

 その言葉を聞いて、役にたててよかったと彼女は笑った。

 おそらく想像もしないのであろう、自分が俺の中でどれほど汚されているかなど。

 あまりにも無垢で純真な微笑みは俺の邪な心を打ち砕くかのように輝いていた。

 あいまいな言葉を返し、彼女を部屋から出す。
 ぺこりと頭を下げた時に見えた耳にはもう俺の痕跡などなかった。

 どれだけ触れても、どれだけ心の中で穢そうとも美しく、強くある彼女。

 願わくばこのまま、下卑た俺の思いなど知られることなくそっと散りゆければと、それだけを思った。