08ハロウィン

日本人にとってなじみのない日付だったが彼の目はそこで止まった。
「どうしたんスか?」
声をかけてきたのは糸鋸刑事で、捜査活動ではよくチームになる人物だ。
彼はその日付には縁がないようだ。

当然だな。

御剣は目の前の男を見た。よくも悪くも日本男児という感じだ。彼がその日付の意味をわかるはずもない。
「なんかの事件の日ッスか?」
「そうではない。ハロウィンだ。」
「ハロウィン。ああ、外国のお祭りっすね。」
一応の意味は知っていたのかそう返してきたことに御剣は驚いた。
「そうッスよね。御剣検事は外国長いですからね。もしかして変装して街歩いたりとかしたんッスか?」
「無駄口は慎みたまえ。仕事に戻れ。」
そう言うと糸鋸刑事は渋々検事室を出て行った。

自分が自ら仮装してお菓子をもらいに行ったりしたことはない。だが、もらいに来た人物ならよく知っている。
御剣は携帯を取り出しどこかへ電話をかけた。

『もしもし?』
受話器からなじみの声が聞こえる。
「ああ、メイ。元気か?」
『あなたと違って仕事に忙殺されてるわ。』
相変わらず言葉が厳しい。
「お言葉だな。私も同じだ。」
『なら何?こんな電話をかける暇があるなら目の前の書類でも片付けたら?』
確かにデスクには書類が山積みだ。相変わらずの洞察力に感服していると受話器から小さなため息が聞こえてきた。
『言い過ぎたわ。…それで何?』
今までにない柔らかい態度に御剣の頬が緩む。
「いや…そちらは時差の関係でまだだろうが、こちらは三十一日になったのでな。」
『三十一?…ああ、ハロウィン?何?その年になってまだ遊ぶつもり?』
「そうではない。君を思い出したものでね…声が聞きたくなった。」
御剣は懐かしむように眼を閉じ、ゆったりと椅子に深く腰掛けた。
シーツを頭からかぶり、手を差し伸べた小さな女の子。いたずらすると言って、何をどうしたらいいかわからず結局朝まで二人で本を読み明かしたあの日。
『変なこと思いだしたんじゃないでしょうね。』
「変なこととは?」
『もういいわ。』
ぷつりと会話が途切れ、しばしの沈黙が続いた。
それでも聞こえてくるかすかな物音になぜか心が休まる。
『…トリック・オア・トリート』
かすかな声が聞こえ、御剣は我に返った。
『お菓子の持ち合わせはあって?』
「…残念ながらないな…。」
『そう、なら次に会う時までに用意しておいて。』
「それでいいのか?トリック・オア・トリートだろ?」
いたずらの仕方すら分からなかった昔を思い出し、ふざけた様子で問いかける。
『いいのよ。お菓子はそっちの方が美味しいし…それに…』
「それに?」
『いたずらの仕方はあなたに教わるから。』
そう言うとガチャリと電話が切られた。
「…。」
御剣は携帯を持ったまましばし固まっていたが、その言葉を頭で繰り返し思わず噴き出した。
今頃彼女は真っ赤になっているに違いない。

さあ、どうしよう。とびきり美味しいお菓子を用意して待っていなければ。
いたずらを知らない彼女に教えることはたくさんある。

ならば。と御剣は手元の書類を大急ぎで片付け始めた。その日を優雅に楽しく過ごすための準備として…。