言葉はいらない

 

不可抗力だ。
確かにここ数か月忙しくて連絡もそう取れなかった。
だが忙しい合間にもその日だけは忘れまいとスケジュール帳にも大きく印をつけていたのだ。本当だ。
プレゼントも忘れていたわけでもない。ただ知っての通り私はそんな気の利いたプレゼントなど思いつかない。当日は二人で一緒に食事して君の欲しいものをなんでも買おうと予定していたのだ。
だが、仕方ないだろう?被疑者が急に証言を覆してきたのだ。その裏付け捜査がどんなに大変か君も分かっているだろう?

ぐるぐるとこんな内容が頭を駆け巡る。
なまじ頭の回転が速いせいかそれに対するメイの態度も予想がついてついつい深いため息が出てしまう。

今日はメイの誕生日。
珍しく予定が空いたと日本に来たメイはホテルを取ってそこに数日前から滞在している。
私の部屋でもよかったのだがなかなか帰れないのと満足なもてなしができないので逆にホテルを取ってもらったのは助かる。

ちらりと時計を見るともう日付は変わっていた。
もしかしたら寝ている時間かもしれないと電話もためらわれる。いや、うかつにかけてしまうと余計に機嫌を損ねてしまうかもしれない。
はあと溜息をつき、ふと思いついた番号に電話をかけた。

「…あーいもしもし。」
携帯から寝ぼけた声が聞こえてきた。
「ああ…矢張か。すまないこんな時間に。…その…申し訳ないが相談に乗ってくれるだろうか?」
もうこうなれば手段を選んでられない。
知っている中で一番こういう体験をしているだろう男を選んだ私は間違っていなかったと思う。
「相談ー?夜中じゃん。なんだよー。」
いかにもめんどくさい、眠いという感じで矢張が答えた。
「その…。」
私は恥を忍んで彼にすべてを打ち明けた。


呼び鈴を鳴らすと中で物音が聞こえた。まだ起きているようだ。
「誰?」
声色からしてかなり怒っているようだ。
ひとつ深呼吸をして私だ、と答えるとドアがかすかに開いた。
「何の用?」
その声をさえぎるように目の前に大きな花束を差し出した。
メイは驚いたようにその花束を反射的に受け取る。
大きな赤いバラに驚いたのか一瞬それに目を奪われる。
矢張に紹介してもらった花屋は夜の商売御用達の店で一晩中空いていた。
店員に携帯を手渡し矢張の指示通りに花束を作ってもらったのだが、出来上がった直後はふざけているのかと言いたいような代物と思った。だがこうして目を丸くするメイを見るとそう悪いものでもなかったかもしれない。
「これで許してもらおうなんて考えてるんじゃないでしょうね。」
きろりと睨まれ、私は無言のまま立ち尽くす。
メイは花束と私を交互に見て、はあと溜息をついた。
「忙しいのはわかるけどここまでほっとかれるのは…いやよ…。」
私はそれをじっと見ていた。
「もう!何か言ってよ!」
ばしんと花束が私の頬に当たった。その後ふわりと柔らかい感触。
メイが抱きついてきたのだとわかるまでに一瞬の間があった。
「…馬鹿…。」
いつもの言葉を聞いてほっと胸をなでおろす。
そのまま頬に唇にキスを落とすとメイのほうから唇をきつく合わせてきた。
足もとにあった花束を足で室内に押し込み、メイを抱きしめたまま部屋の中に入る。

ふと、店員がバラのとげは抜いておいたと言ったことを思い出した。
そうかこういうことか。

細い体をベッドに横たえると待ちきれないというように首に腕が絡んでくる。

矢張の「あとは黙っててもうまくことが運ぶはずよ!」という言葉を疑ったのを後で謝っておかなければな。

引っ張られるようにスーツが脱がされる。

ああ、でも助かった。

部屋の明かりを落とし、眼の端に映ったペアのグラスは見なかったことにする。

喋るのは苦手なのだ。本当に。

ふわりと甘い香りを嗅ぎながら心の中で呟いた。